東京高等裁判所 平成8年(ラ)1661号 決定 1997年3月17日
抗告人 高田敏子
遺言者 高田英子
主文
一 原審判を取り消す。
二 本件を横浜家庭裁判所に差し戻す。
理由
第一抗告の趣旨及び理由
抗告人は、抗告の趣旨として、主文同旨の決定を求め、抗告の理由として、別紙「即時抗告の申立書」のとおり述べた。
第二当裁判所の判断
1 一件記録によれば、次の事実が認められる。
(一) 抗告人は遺言者の実妹である。
遺言者は、夫である大沢治(以下、「治」という。)との間に、昭和24年12月24日、長男大沢学(以下、「学」という。)を儲けたが、昭和30年11月21日届出で、学の親権者を治と定め、治と離婚した。
遺言者の第1順位の相続人は学である。
(二) 抗告人が遺言者の自筆証書遺言書として検認を受けた書面(以下、「本件書面」という。)は、遺言者自筆のもので、罫線入り白色紙一枚の冒頭に、「譲渡証」と表題が付され、次いで、「高田英子(遺言者)所有の物件其の他のものは本人死亡の際は妹高田敏子(抗告人)に譲渡する」旨の本文が記載され、「昭和四十九年六月一九日午前二時二時分本人記す」との日時の記載とともに、末尾に「高田敏子様」宛の、「高田英子」名義の署名及び実印による押印があるものである。
(三) 本件書面は、昭和49年6月19日頃、遺言者から抗告人に対し、「私(遺言者)にもしものとき、貴女(抗告人)の老後の足しにと思いしたためました。無駄と思わず大切に保存しておいて下さい。」という旨の書面及び遺言者の自宅の鍵とともに茶封筒に同封されて郵送されてきた。
抗告人は、その頃、右手紙を開封した。
(四) 遺言者は、平成7年9月28日死亡した。
同年11月22日頃、抗告人が遺言者の死亡時の自宅に赴き、自宅内の金庫を開けると、日付の記載のない「遺言書」と題する書面、不動産権利書などが入っていた。
右「遺言書」と題する書面には、「私の死後財産全部私の実妹高田敏子に遺贈します」旨の記載があった。
なお、遺言書は、死亡の頃、長男である学とはほとんど交渉がなかった。
(五) 抗告人は、平成8年4月2日、富山家庭裁判所に対し、本件書面を遺言者の自筆証書による遺言書として、その検認を求める申立を行った。同事件は、同年5月7日、横浜家庭裁判所に移送され、同裁判所は、同年7月30日、本件書面につき遺言書の検認を行った。
(六) 抗告人は、平成8年4月2日、富山家庭裁判所に対し、本件書面に基き遺言執行者の選任申立を行っていたが、同事件も、同年5月7日、横浜家庭裁判所に移送され、同裁判所による、同年9月5日付けの原審判となった。
原審判は、「本件書面は、その表題及び内容から遺言書と判断することは困難であるが、死因贈与を証する書面と認める余地がある、しかし、贈与者と受贈者間の契約である死因贈与につき、単独行為である遺贈の規定を準用する根拠が乏しい。」旨判示して、抗告人の遺言執行者の選任申立を却下した。
そこで、抗告人から本件抗告が申し立てられた。
上記のとおり認められる。
2 右認定の事実によれば、本件書面は、その表題及び内容から、典型的な自筆証書遺言書とはいいがたいということができる。
しかしながら、本件書面は、その形式及び内容において、自筆証書遺言書の方式に反するところはないのであるから、遺言者の自筆証書遺言書とみることも可能である。しかして、右認定の事実関係に照らし、本件書面が遺言者の自筆証書遺言書として無効なことが一見して明らかであるということはできず、他にその事情を窺わせる資料は存しない。
そうすると、仮に、本件書面について自筆証書遺言書としての効力が争われるとした場合、それは実体的審理をまってはじめて決せられることになる。
このような場合、家庭裁判所としては、本件書面の自筆証書遺言書としての効力につき審判することなく、遺言執行者を選任するのが相当と解すべきである。
3 なお、仮に、原審判のように、本件書面を遺言書としてではなく、死因贈与を証する書面と認めた場合(上記の通り、その無効が一見して明らかとはいえない場合)の処置につき付言する。
民法554条は、死因贈与につき遺贈に関する規定に従う旨規定している。
このことは、遺贈が単独行為であり、死因贈与が契約であるとの一事をもって、民法554条の適用を排し、遺言執行者の選任を拒否することは相当ではないと解される。
そうすると、受贈者である抗告人の、本件遺言執行者選任の申立は、記録上、その選任自体が不相当であるとか、必要性がないことが明らかであるなどの事情のない限り、理由があるものといわなければならない。
この場合、後見的な役割を持つ家庭裁判所として、相続に関する紛争の予防や事案の円満な解決のために、遺言執行者の選任の相当性、必要性等につき検討を加えることが望ましい場合もあり得よう。
第三結論
よって、抗告人の本件申立を却下した原審判を取り消し、本件を横浜家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小野寺規夫 裁判官 清野寛甫 坂本慶一)
(別紙) 即時抗告の申立書
抗告人高田敏子
当事者等の表示<省略>
上記当事者間の横浜家庭裁判所平成8年(家)第2140号遺言執行者選任申立事件につき、同裁判所が平成8年9月5日になした「申立てを却下する」との審判に対し即時抗告をします。
抗告の趣旨
原審判を取消し、本件を横浜家庭裁判所に差し戻すとの裁判を求める。
抗告の実情
1 抗告人は、横浜家庭裁判所に対し、平成8年9月3日付別紙上申書記載のとおり遺言執行者の選任申立につき、実情に則した迅速な運用を求めました。
原審判は、「遺言であると認めることは困難であり、死因贈与であるとしても遺贈に準じて遺言執行者の方法により履行することか相当であるという根拠が乏しい。」として申立を却下しましたが、原審判は別紙上申書記載の理由から不当であります。
2 よって、抗告の趣旨どおりの裁判を求めるため、この申立てをします。(告知を受けた日平成8年9月23日)
上申書
平成8年9月3日
申立人は、御庁に対し、現在調査・審理中の平成8年(家)第2140号遺言執行者の選任事件につき、すみやかに遺言執行者の選任をされたく下記のとおり上申いたします。
記
家庭裁判所は、遺言執行者の選任申立事件につき、申立人が当該遺言の執行につき法律上の利害関係を有するか否か、遺言の内容が遺言執行者による執行の対象となるものであるか否か、遺言の候補者について欠格事由の有無、適格性、就任の意向などにつき調査・審理することは法の要請するところでありますが、「遺言の効力が実体的審理をもって初めて決せられるようなときには、選任手続きにおいて遺言の効力について審判して遺言執行者の許否を決することは、相当でなく、家庭裁判所は遺言執行者を選任し、遺言の効力に関することは判決裁判所にこれを決せしめるべきである」とされております。(東京高決昭27.5.26、家裁月報5巻4号114頁)
本件事件の前提条件である平成8年(家)第××××号遺言書の検認事件は、御庁において遺言の方式によるいっさいの事実を調査し、検認の実施がなされ検認調書として成立いたしております。
ところで、御庁は、申立人に対し、本件事件につき当該遺言書が、遺贈にあたらず死因贈与の疑念があるとのことで申立の取下げを促されております。
遺贈はそもそも単独行為であり、遺言が効力を生ずれば、受贈者の承諾の有無にかかわりなく財産処分としての効力が生じますが、死因贈与では相手方の承諾を成立要件とされております。
当該遺言書は、検認調書からも明らかなとおり、遺言者が、申立人に対し郵便封書をもって財産を遺贈する旨の意思表示をしていることからも、死因贈与契約とした場合その契約の成立要件を充足しているとは言いがたいと思慮いたします。
民法は、遺贈による財産処分は、遺言の効力発生時に遺産に属していない物の遺贈は原則として効力が生じないと規定(民法996)していますが、同法においては、遺言当時、現にある財産及び死亡時までに将来発生する財産については当然に遺贈の対象となる財産としてその財産処分を認めております。
当該遺言書の内容が、死因贈与であるとみなす場合明らかに「遺言執行者の執行の対象となるものであるか否か」の判断ではなく「遺言の効力についての審判」であると思われます。
仮に、死因贈与であるとした場合、死因贈与については、遺言書の検認(民法1004)の規定は準用(民法554)されておらず、家庭裁判所は、死因贈与証書であれば検認の申立を取下げまたはそれに準ずる処置をとるものと思われます。
但し、死因贈与については、「履行のために遺言執行者の選任することができる」(最高裁昭37.7.3家2第119号家庭局長回答、家裁月報14巻8号229頁)(昭41.6.14民事-発第277号法務省民事局第一課長回答、民月第21巻7号121頁)として遺贈に関する規定が準用され遺言執行者の選任を積極的に認めております。
よって、御庁に対し、本件事件につき実情に即した迅速な運用をいただくよう上申する次第であります。